中国での反日デモが問題になっているようだ。これを聞いてまた私の小学校の頃の作文を思い出した。(下参照)この歳になってもやっぱり世界平和への道は「世界中の人と友達になること」だと思う。
多民族国家オーストラリアで中国、香港、マカオ、台湾、ベトナム、カンボジア、韓国、ドイツ、タイ、インドネシア、インド、スリランカ、シンガポール、マレーシア、フランス、マーシャス諸島?、等、様々な国からの友達が出来た。どの国も以前よりも近く思えたし、その国の人達を通してその国に好意、感心を持った。また彼らにとっても同じだと思う(願う)。私がきっかけで日本に来たり、行ってみたいくなったり、日本語を勉強したりする人なんかもいて嬉しい。私の周りの友達の中では日本、日本人=優香になっていると思う(日本人が少ないので)。
例えばインドネシアで地震が起きたら、彼らや彼らの家族、友達の安否がとても心配になるし。また私の友達も日本でなにか起きたら、すぐ私に聞いてくる。(恥ずかしながらそれが初耳で、両親に電話して聞くことがよくある)
自分の輪を広げること、世界中の人と友達になることは国際理解、世界平和においてとても重要な事だと思う。自分の守るべき輪を家族、友達、世界中の友達に広げれば世界平和に繋がると思う。難しいようだが、つまりそういう事だと思う。
以前日本のテレビ番組で今でも印象深い対照的な歴史についての態度が紹介されていた。
イランかどっかの国の人は、「歴史は教えない方がいい。なぜなら〇〇人を見ただけで殺したくなるから」と言っていた。
これはただその国の歴史の教え方に問題があるのでは?と思った。
これに加えてとても響いた光景がある
息子がフィリピンかどこかの(いつも曖昧ですみません)嫁を連れてきた。おばあさん(息子のお母さん)は「日本は好きですか?」と聞いたそうな。すると彼女は「うーん、私の祖父は日本人に殺されたので好きとは言えません。でも、いい日本人にもいっぱい出会ってきたので微妙なところです。」のような返答をした。するとおばあさんは突然、土下座として畳に頭をつけて何度も自分がしたことのように誤ったそうな。私はそれを見て理屈ぬきでただ涙が出てきた。昔の日本人女性の強さ、美しさのようなものを垣間見た気がした。
私もこっちに来るまで全く知らなかったことだが、戦時中日本はオーストラリアも侵略していたようだ。やられた方はいつまでも忘れないが、やった方は知りもしないってどうだかなぁって思った。25日アンザックデーはどう過ごそうかなぁ。
難しいことだが、やっぱり歴史はできるだけ客観的に正確に伝えられてゆくべきだと思う。
去年書いた日記
「きっかけ」
美容師のお兄さんが自分が美容師になったきっかけの話をしてくれた。
彼はサラリーマンだった。仕事の空き時間に祭りみたいのがあったので覗いてみた。それは身体障害者の祭りのようだった。その中の一つの企画にカッ トとメイクをするみたいのがあった。小学生くらいの車椅子に乗った少女がある美容師の手にかかっていた。その少女は初めとても不安そうな顔をしていた。し かし、鏡に映るどんどん綺麗になっていく自分の姿を見てどんどん笑顔になっていった。彼はその少女のこの上ない笑顔に感じてしまった。忘れられなかった。 そして彼は会社を辞め、これまで全く縁のなかった美容師へと転職した。
彼の行動力と、意思の強さには感銘する。
彼の成功を心から願うし、きっと彼は成功するだろう。 話していて夢物語では終わらせない人だとなんとなく分かる。
身体障害者の人にとって美容院の仕切りは高い。
シャンプー台への移動だって一苦労だ。
女性は永遠に美を求める。
綺麗にしてあげることは痴呆症にも効果があるらしい。 美は生の活力となる。
私も彼と話しててつい真面目に語ってしまった。
普段は照れくさいので適当にごまかしたり流すが、なんとなくそうできなかった、したくなかった。
彼は私が留学しているというのに興味を持って質問してきた。
私が答えた多分本当の留学のきっかけは
小学生の時に「世界平和」について作文の宿題が出された。 小学生なりに何ができるか結構マジに考えた。小さな脳を振り絞って考えた。
私は「世界中の人が友達になればいい」と書いた。
それが原点だ。
小学生の時思ったように、今でも更にそう思う。
世界各国で起こっている紛争、飢餓、病気、 他人事のように思われがちである。 しかし、もしもその国に自分の友達がいたら、大切な人がいたら他人事ではない。 きっと何か自分にできることを探してするだろう。 もっと熱く、真剣に解決策を必死に考えるだろう。
その為の第一歩として、もっと留学を普通な事にしたかった。 もっと世界を近くするきっかけを作りたかった。 国際交流のきっかけを。
大使館で働きたかった。 しかも多民族国家オーストラリア大使館。 三田よく通ったなぁ。それにも関わらず毎回迷ったなぁ。
だから私はオーストラリアに留学した。
なりたい者、働きたい所は変わっているが、基本となるスピリッツは変わってない。
ゆっくりだが、一歩づつ近づいている。
今回の非道徳な騒動を起している中国人の人々を一概には攻められないと思う。その背景には彼らをそう駆り立てる教育があったわけで。
「林子zhenme大、shenme鳥都有」
これは上海に短期語学留学していた時に、私が夜行列車の中で中国語を勉強しているのを見て関心を持った前に座っていた伯父さんが教えてくれた諺だ。(アルファベットのは漢字ではないから文字化を防ぐ為)中国はとーってーも大きい、だからいろんな人がいる。と言う意味だ。
中国滞在中に私を助けてくれた、親切にしてくれた沢山の中国人の方々、こっちでの中国人の友達を考えるととてもじゃないけど、今回の事件の一部だけで中国全体を批判する気にはなれい。
火で火は消せない。
次回は留学生同士のちょっとビックリな会話について書こうと思います(^^